2008年12月6日土曜日

Nimbus Dental toothbrush [ニンバスの歯ブラシ]


友人から、Nimbus Dental toothbrush を紹介され、5本入りパックを2袋・・・購入しました。
読み方は「ニンバス」です。
アメリカの歯科医師が開発したとか、聞きました。

「使い心地がいい」

と熱く語るその弁を信じて、無謀な買い物? とも思いましたが、2袋ということはいっぺんに10本・・・届きました。

これまで、さまざまな歯ブラシを試してきましたが、なかなか気に入った1本に出会ったことがありません。
これぞ理想の恋人に出逢えたような感じ・・・とは、ちと大袈裟かな?

さて、カラーリングは日本人の感覚からすると、やや主張が強くて、そう言われればエキゾチックな感覚。
しかし、磨き心地に影響があるわけでもなく・・・


グリップが大きく、安定して持ちやすい。
「エクストラ・ソフト」の名に違わず、毛はデリケートでしなやか。
ブラシは長短、2種類の長さで構成されていることが一目で分かります。

ヘッドが心持ち大きめなので、これまで小さなものを探し続けてきたことからすると、少々残念です。


ともかく、初めて試してみて、直前まで使っていた歯ブラシとの差が歴然です。
好き不好きがありますので、強要はしませんが・・・でも、柔らかめで毛足長めをお探しでしたら、確実にお試し候補の1本と思います。

ちなみに、写真の中の白い正方形は一辺5cmです。

<完>

2008年10月19日日曜日

ヘブンスそのはら 紅葉、真っ盛り


つい最近の新聞に
「ヘブンスそのはら」の紅葉のシーズンについて告知があった。
天気予報と相談し、10月18日を選んで、さっそく現地へ。
予想気温22℃、降雨確率は午前も午後も10%で、TVの気象予報士氏も
「最高のお出かけ日和です」
と。

朝方は、この時季、天竜川の川霧に見舞われたが、移動中の車中では見る見るうちに晴れ上がり、月並みだが、まさに「雲ひとつ無い、ド・ピーカン」
午前9時30分のロープウエイ乗り場前の駐車場は中京方面のナンバーを付けた車で、ほぼ満杯。
今日は、近隣のパーキングに確実にこぼれそうな勢いだ。


ロープウエイを降りてリフトに。
ご覧のとおり、リフト上から地面に映る影がクッキリと濃い。


【リフトを降りた付近の林】


今回は、当初から富士見台まで行くことを誓ってここまで来たが、バスに乗ってを予定していた。
10時発車予定に乗車を予定してきたが、ロープウエイ、リフトを乗り継いで10時少し前のバス乗り場には長い列。数台が運行している様子だが、生来の「待つこと嫌い」な性格なものだから、家人と申し合わせて、富士見台まで徒歩行に予定変更。



バスに乗っては、ゆっくりと見ることができない風景、感じることができない心地よい風、多少の無理を感じる身体への負荷など、しっかり堪能した。
途中、萬岳荘を経てゆっくり2時間掛けて富士見台山頂(標高1739m)到着。
12時数分前のことだった。
ウン十年も前のこと、中学生の時の学校行事で1泊キャンプ以来だ。
「富士見台」という地名ではあるが、たしか富士山を眺めることはできなかったはずで、家人にその旨を伝えたら残念そう。だが、致し方ない。

普段と見慣れない御岳山や乗鞍岳方面に向いて、眼下に中津川の市街を中心に眺める。
中央道を往来する車が点の移動にしか見えない。
なだらかな傾斜に脚を投げ出して座り、昼食を摂った。
手抜きを恥じながら、コンビニおにぎりと稲荷寿司・太巻きセットだったが、食が進む。
辺りは、5~60代の夫婦やその仲間が大半を占めていて、なんだか照れくさい気分だ。



50分間ほどだったが、山頂でゆっくりして降り始める。
登りの際は写真を撮る余裕など無く、結果的に復路に集中した。

森林限界だったかな? 山肌にはクマザサしか見られない。

復路はリフト乗り場まで萬岳荘からバス乗車を予定していたが、往路に見た順番待ちの行列の比ではない。結果的に、復路も徒歩に決めた。日向きの違いから、往路には見られなかった紅葉の表情がとても尊い印象だ。色づき始める唐松が日光に輝く姿は10日~2週間後の最盛期を予感させるに十分だ。



富士見台からの復路の途中で望むことができた南アルプス。
写真の左から塩見、荒川、赤石を見ることができる。
前回にはロープウエイを降りて展望台との間を往復、徒歩だったから、これで合わせて、富士見台までを含め大袈裟だが完全踏破となったわけで、普段の運動不足はたたったものの、その解消のためには効果絶大であったろう。



午後2時30分を回ると、さすがに吹く風も冷たくなり、しだいに日差しも弱くなってきた。



ちょっと話は外れるが、ロープウエイの往路では、いやな気分にさせられた。
乗り場は順番待ちするでもなく、混んでもいないのにも関わらず、他のグループとの相乗りを強要された。私たちの一行の後には順番を待つ者は無く、だから、当方が次のゴンドラに取ったとして、なんら他を待たせることではないはずだったのに。
乗り場の歳の行った男性係員からは陰険な眼差しで睨まれ、半ば手で行く先を阻まれるように、乗り合わせのゴンドラに押し込められた。
通勤ラッシュ時の山手線ホームでもあるまいに、ゆっくり次のゴンドラを待たせる余裕を与えようとしないのか?
その上、乗り合わせたゴンドラ内は幼い兄弟の手狭な運動場であり、絶え間の無い叫び声ばかり。親はいずれも野放しで、当方は言葉も無くただ一方向の景色に視点を合わせているしかなかったわけで。

幼子の興奮を責めるのではない。
例のサービス精神皆無の係員が当ゴンドラを強制しなければ、こうした不愉快は生じ得なかったわけで。その制御の手を振り解いてでも、後発のゴンドラに乗るべきだった。



ゴンドラの影が西に傾き始めた陽光に映し出され、極めて鮮明だ。



午後3時。この時間になっても、依然として駐車場はご覧の混みよう。
帰りの車で知ったが、第5駐車場にまで車が停まっていた。
例年あるいは普段との比べようはないが、この混みようは初体験で、そのことが驚きだった。

これだけの…、せっかくの自然に恵まれた天然資源に加えて、ロープウエイその他の巨額な設備投資はきちんと償却できているのだろうか?
心配するでもなく、でも、盛況であって欲しいと思うのは、当地の出だからであろうか?


<おしまい>

2008年9月23日火曜日

手軽で美味しい! 電子レンジだけで作るキーマカレー

今年の夏以来、確かにはまっています。
「電子レンジだけで作るキーマカレー」
です。

早い話、真夏のクソ暑い中でグツグツ・グツグツ、正攻法で煮込んでいたら、作っているだけで汗だくになってしまうカレー料理のこと。
夏バテ防止ならご家庭でカレー…なんて決め込んでいたら、かえって夏バテしてしまうわけで。

暑さで沸騰寸前の頭で、ボーっとしながらサイトを眺めていたら、今日のタイトルに出会ったわけです。
あちこちに散らばっていた同様のレシピをかき集めて、試行錯誤がはじまりました。

何度もトライしたところ、ここに至ってわが家なりのレシピに到達しましたので、ご披露します。
調理時間ですが、材料①をすりおろしている4~5分の他は、電子レンジにお任せ。
10分そこそこで出来上がりです。

■材料①
玉ねぎ・・・・・・・ 大1個
にんにく・・・・・・ 1~2片
しょうが・・・・・・・ 1片
トマト・・・・・・・・・ 中1/2
オリーブ油・・・・ 大さじ2

■材料②
豚挽き肉・・・・・ 200g
カレールー・・・・ 125g (わが家ではハチ食品の「カレー専門店のカレールー」を使用)

※バリエーション
完熟トマトのハヤシライスソース(ハウス)1/2を使って、キーマ・ハヤシもわが家の人気メニューです。この場合は材料①の「しょうが」は使いません。
トマト中1/2をトマト水煮缶(420g)1缶に変更。



さらに、ウースターソースや醤油をほんの少し加えると、お好きな調味でバリエーションが楽しめます。お試しください。
その他、月桂樹、レモングラス、スープパセリの軸などお好みのハーブを適宜


■料理法
いたって簡単。
材料①を全てすりおろしてボールに入れ、ラップしてレンジ強で2分30秒~3分。
このボールに材料②をよく混ぜて、ラップしてレンジ強で5分30秒~6分。
ラップを外したらハーブ類を取り除き、火の通った各材料を馴染ませるようにかき混ぜて出来上がり。


これなら、ご飯の間にサンドイッチにするだけで、液状カレーには難しい「カレー弁当」も出来上がり。

皆さんも、ぜひお試し下さい。

<comment off>

2008年9月14日日曜日

清けき虫の音が

今日14日は中秋の名月ですが、昨晩のこと、名月前夜の月明かりを愛でながら、わが家のウッドデッキに出て、暫しビールなんぞ嗜んでおりますと、今晩も「リーコロコロコロコロ、リーコロコロコロコロ」と、コオロギを頭に、目の前の畑や空き地の草むらそこここから、一面の虫の声が降ってきます。

まるで、耳元で共鳴するように鳴り響くという感じです。
耳を澄ませば…、なんというものではなく、わざわざ澄ますことなどなくても、いやでも耳に届いてしまいます。

時折、私が椅子を動かす物音に反応して、音が止むことがありますが、少し経てばまた一面の虫の声。
心地よい酔いも手伝って、聞き入ってしまいました。

さて、そんな虫の音の主がどんな虫なのか、分かったら楽しいでしょう。
エンマコオロギ、カンタン、マツムシ…と、名前は知っているものの、では、声と主の顔が見えますかか?

そんな中、虫の声を集めたサイトがあることを知りました。
渋谷さんのサイトです。
リンクはご自由に…とありましたもので、早速、リンクを貼らせて頂きました。

 ⇒ SHIBUYA'S HOMEPAGE


こちらのサイトからは鳴き声の表記から検索することができます。

 ⇒ 虫の音WORLD

ぜひ、お聴きになってみて下さい。


いかがですか?
聞き覚えのある虫の声と、その主の名前、そして写真…よく分かりました。

都市化された市街地であっても、コオロギの仲間で20種類、キリギリスの仲間で10種類以上もの聴き分けができるそうです。
が、その域にまで達するのはなかなか大変でしょう。

そこまでとは言いませんが、この中のいくつでも聞き分けられたら、なんと楽しいことでしょう。

今晩は改めて、中秋の名月と虫の声を楽しんでみたいと思います。

<完>

2008年8月25日月曜日

南信州も確かに秋に向かっています。

旧盆もとっくに過ぎて、あの北京オリンピックの熱気も早や余熱へと変わり、世の中は一気に秋に向かっていることが感じられます。
窓の外ではコオロギが存在感を示し始め、呼応するように他の虫の音も確かに聞こえるようになりました。

明日は東京。
お手柔らかに~
いかほどの暑さなのか、ある意味、お楽しみです。

<完>

2008年8月14日木曜日

ヘブンスそのはら

「ヘブンスそのはら」に行ってきた。
地元、再発見の旅…というほどの大袈裟なものでもないが、図らずも先の伊那谷道中に続いてのことになった。
この猛暑の夏に、のんびり涼を求めて…とすべきところ、往復約2時間半の軽い山道行も含めての行楽だった。


当地は、「ヘブンスそのはら SNOW WORLD」という言い方が正しいようで、そもそもはスキー場として開発された経緯がある。ただ、そのスキー場に行き着くまでにロープウェイが施設されており、これが冬のオンシーズンのほかは圧倒的な南アルプスの展望を誇り、もうひとつの魅力となっている。

午前10時
ロープウェイ山麓駅前に到着する。
中央道 園原I.C.から至近、車で5分程度の距離にある。ただし、このI.C.は中京方面のアクセスを重視した構造で、名古屋方面からの入り込みと同方面への帰りに利用が限られている。東京方面からの入り込みの場合は、一つ手前の山本I.C.を利用しなければならない。
いかにも、当施設が中京圏をターゲットにしたものかうかがい知ることができる。
それもこれも、隣接する昼神温泉の利用客の利便を考慮したI.C.の配置なわけだ。


駐車場は、全2,000台収容とされているが、これは冬の最盛期を想定してのことだろう。私が到着したとき、山麓駅の前のスペースは1/3程度の入りだったが、午後2時頃、帰る頃にはほぼ満車の状態だった。目にする範囲のナンバープレートは、ほとんどが当地で言うところの県外車のもの。たしかに中京圏方面が目立つ。


大人2,000円のチケットを購入して、ロープウェイに搭乗する。
一切の待ち時間は無く、拍子抜けするほどスムーズだった。
ほぼ、10分間の路程だが、月並みな言い方をすれば「迫力の眺望」とか、「日常の異空間」など、年甲斐も無い興奮を覚えるに十分な雰囲気を持っている。
眼下に広がる伊那の谷間、山肌と遠くに見渡せる南アルプスの山並みは、当地に暮らす者にとっても新鮮な感動を与えてくれる。
周囲山ばかりを見慣れている当地に住む人間にして、そうなわけで、遠方からの観光客にしてみれば、同様の感激は当然のことであろうと思う。


さて、ロープウェイを降りてからであるが、ここからが今日の入り込み客の大多数とは行動が異なった。
つまり、展望台までの行程をリフトによらず、徒歩で行くことにした。
結果的に往復のほぼ2時間半、ガイドによるところの「りんどうコース」と呼ばれるその山道上には、私とわが女房の2人だけで、だれ一人として出会う者が無かった。
とても「貴重な体験」をさせてもらったものだ。

ガイドには展望台間の距離2キロ、上り50分、下り40分とあったが、それぞれ2割、3割り増しの時間を掛けて、タップリと堪能させてもらった(笑)

ただし、女房には超不評で、
上り坂、荒れ道ばかりは、ここまでの人生のようなもの。苦労の連続」
との「お言葉」を頂戴しながら歩いていた。
が、ついに最後の方ではそうした言葉も耐えて、ただ無言で歩くのみになっていた。
いつも、いつも苦労を掛けるばっかりでスマン…と、心で呟きながら、
「山頂に上り詰めたら、そこには達成感が待っている!」
と聞こえよがしの威勢のよい独り言が、ただ空しかった(笑)

そうしているうちに、よくしたものでちゃんと展望台についた。
(戻らず、立ち止まらず、一歩一歩進めれば、必ずどこかにたどり着くものだ。)

1リットル用意した麦茶は、ここまで来る間に飲み干し、汗まみれ。
展望台でまさに涼しい顔をしている他の観光客とは、明らかに様子の異なる2人だった。
事前に調べたところでは、当地における前日の最高気温が26℃とあったが、体感はそんなものではない。
風も無く、直射を浴びるところでは下界と何らの変わりが無い…というのが感想だった。
ただ、昼食にと用意してきた握り飯を摂るためにと、日陰を探しそこに入ったところでは、さすがに涼しさを感じることができた。


「もう歩けない、復路はリフトで降りる…」
そう言っていた彼女だったが、展望台では片道のリフト券が売られていないことを知り、諦めた様子だ。
よくよく考えてみれば、そもそもはスキーリフトなわけで、どこを見渡したって、片道の下りの料金を設定したリフトなど有りっこないわけで、後になって笑ってしまった。

そうこう言いながら、下りのロープウェイも順番待ちなく搭乗でき、すんなり降りてきた。
午後2時。大型バスを降りたばかりで、案内されて搭乗を待つ一団の観光客とすれ違った。バス会社の名前からして、ここでの観光を最後に、園原から中央道経由して出発地に帰着のコースかな…そんなことを話しながら、現地を後にした。

今回が初めてだったが、こ
の秋には富士見台高原ウォーキングコースを試しながら、紅葉を観にこようと思う。

かくして、確実にリピーターを獲得した模様だ。



ところで、観光資源としての当地の評価は如何なるものか?
おそらく往復2,000円のロープウェイ収入が主となるであろう当施設の場合に、冬のスキーがそれであるように、ロープウェイで行った先のアトラクティブをどうデザインするかがポイントなのだと思う。

例えば、黒姫高原のコスモス園(入場料:大人500円)、
富士見高原 ゆりの里(入場料:大人1,000円)のように、テーマとなる花をアトラクティブとして入園料収入を企画するケースにみられるような、特徴的な「何か」が欲しい。

現地には「キティーちゃん」という言葉も踊っていたが、果たして?

外野がどうこう言うは簡単だが、当地にはロープウェイという他には例の少ない資源を有するだけに、もったいない。ロープウェイに加勢する「天然資源としての四季折々の自然」と、もうひとつ「企画されたアトラクティブな資源」が必要だ。

今回、訪れた季節(夏の真っ盛り)のことも多少影響していようが、当地で見えたのはロープウェイとリフトを乗り継いで展望台を往復して帰って行く、それが大半の観光客のパターンだったと思う。
たまたま居合わせた時間帯にもよりだが、下界より割高な食事や飲料、アイスクリームを口にして帰っていく。私たちのように、弁当・飲料を持参する観光客からの収入はロープウェイの料金だけだ。
客単価の増進も肝要だが、動員数の増強、特にリピーターの確保が求められよう。

そう考えたとき、このままでどれほどのリピーターが動員できるのだろうか…、

外野なりに、山頂駅一帯を核とするアトラクティブな企画に期待したい。


資料 : ヘブンスそのはら / 長野県下伊那郡阿智村 / 平成20年8月10日


<完>



2008年7月31日木曜日

「高島礼子はアールエフ」って?

「高島礼子はアールエフ…」

そう彼女自らがただただ連呼して終わるCMが印象的だ。
もはやBGMはどっちでもいい。
そのナレーションばかりが、やけに耳について離れない。

アールエフ…って何?
新しいパチンコ台の名前か?…、
でも、ちょっと雰囲気が違う…。

となると、TVからだけでは
「高島礼子はアールエフ」
という、断片的な情報しか得られず、そうなると、インターネット検索という利器を知っている者は、遅かれ早かれキーボードに向かうことになるのだろう。

アールエフの秘密を解くためにだ。

言い訳がましくなるが、蓋を開けてみれば、その製品のことは長野市に住む友人から2年ほど前に聞いていた。
「すごい技術があるんだ」
の一言で、まるでSFの世界のことかのように印象深く記憶に刻まれていた。
その記憶と今般の謎、そして解答までもがネット上で結ばれたわけだ。
そのことにこそ意味があったわけで、僕というたった一人の消費者にとっては、大成功のCM例となる。

その術に、見事に嵌ってしまった僕としては、ここではリンクを貼ったりして過剰なサービスはしないので、
「高島礼子はアールエフ」
で検索してみて頂きたい。
くれぐれも断わっておくが、僕は高島礼子からも、アールエフの筋からも何等の報酬を得ているわけではないから…(笑)

そうしてみると、
PCにも向かわない…、
キーボードなんて無関係…
というTV視聴者は、当初からCMのターゲット層から外しているわけであって、スポンサーの強気な姿勢と、確かなターゲット設定が見て取れる。

でも、折角だからどんなCMかだけはリンクを貼っておくので、
ハハ~ン
と納得しながら、とくとご覧あれ!

 ⇒ 高島礼子はアールエフ


<おしまい>

2008年7月21日月曜日

期待を込めて「クロネコメンバーズ」をレビューします。

ヤマト運輸からクロネコメンバーズというサービスが開始されるというTVその他による告知を受けて、早速にサイトからエントリーしました。随分と前の話です。
後から知ったのですが、全国一斉のサービス開始ではなかったようで、カード発行が先行したものの、当地ではこれからサービス開始という頃だったようです。
程なく例のクロネコのキャラクターをあしらった黄色を基調色とするカードが届きました。
いわゆる「メンバーズカード」から来る勝手な、かつ、旧来のイメージからすると少しもの頼りない・・・ペラッとした感じです。
裏面に、IDとそれに対応するであろうQRコードが印字されています。

旺盛な好奇心も手伝って、直後に最寄の集荷所に荷物と共にカードを持ち込んだところ、それと思しきラックやプリンターが開梱されない状態で事務所の片隅に置かれているのを観てしまいました。
瞬間、
「こりゃ、早すぎたかな?」
所員の方も困った顔をしながら、
「申し訳ありません、ここでは、これからなもので…」
との、丁重なる断りの言を頂戴して、その折は普段のとおり手書きの伝票で発送を済ませました。

早いものでそれから数ヶ月。
季節が2つくらい過ぎていったこの時期に、忘れかけていた「クロネコメンバーズ」のことを急に思い出し、今度こそ試してみようとカード持参で同じ集荷所を訪れました。


さて、これから記す内容は、恐らく普段どおりの発送方法で依頼をしていれば気付かなかったことばかりだと思います。
クロネコさんのためを思って(笑)、少々お節介な話ですが、ちょっと整理してみました。

感想 その1
カードを受け付ける、その情報端末の前に集荷されたであろう荷物が、パレットまたはカートに載せられ山積みの状態でした。

「クロネコメンバーズ」を体験してみようと伺ったものですから、ハッキリと申し上げて興ざめでした。
このことに限らず、顧客にサービスを提供すべき当の設備や施設の前に、内部処理の途中経過が未了のまま残されているのは実にまずい。バックヤードで処理すべきだと思いますが、如何でしょう。
例えば、一流を名乗る旅館の玄関先や客室の窓から、客用の布団が干してあるのが見て取れるようなものです(笑)

セキュリティ上の観点からも、ユーザーに対して
「外来者の故意による抜き取りの可能性は無い」
と、安全性を宣言することが難しいのではないか、と心配すらしてしまいます。

さて、当の装置ですが、それら荷物を退かさない限りこのままでは使えません。今回も、黄色い例のカードを離れたところにいた所員の方に提示したら、慌てて前面の荷物を移動していました。

ところで、荷物を山積みしてあっても運用に影響が無い程に「サービスが普及していない」のかな?
同業種にしてみれば、この過当競争下での顧客の囲い込みに資するものとして、あるいは、単に伝票コストの削減という意味においても、運用が定着した以降の収益面での貢献度は大きいのではないか、と場外から密かに応援しているだけに、ちょっと寂しい気がしました。

感想 その2
送り状の宛先の登録が、タッチパネル式になっていますが、銀行のATMのようなもので、PCのキーボードに比べたら操作に大変な時間が掛かります。後から分かったことですが、ネットでアドレスの登録や修正ができるとのことでしたので、今回に使用した宛先以外は、わが家に戻って登録しました。
感想その1に記した状況もあってか、混んでいなかったからいいようなもの。
新規登録のために順番待ちが生じたと判断した際には、僕は順番を待ってまで使用しないと思います。

感想 その3
全ての条件が整った上で、つまり、前段階の処理が済んでいる状態で伝票を出力するには、確かに便利なことがよく分かりました。
カードをかざし、「ピッ」と反応したら、パスワード入力、宛先の選択・・・その他、選択による必要な入力の後に、プリンターからA4サイズの印刷物が出力されます。計時したわけではありませんが、感覚的には2分とかかっていないと思います。
ここで明らかに言えることは、手書きの場合に比較して速くて、正確(初期入力によります)だということです。手軽に使えて、便利です。
翌日のこと、別件で別の者が同じ集荷所から発送した際には、
「簡単だった」
の感想、たった一言でしたから。

ただし、サービスのつもりからでしょうか、横に付き添ってくれた所員の方が
「パスワードは6桁です」
と、余計な情報を入れた上に、これを言い張ったものだから、その者は少々、戸惑ったとか。
僕が設定したパスワード(端末からネットワークへのログイン・パスと思います)は9桁です。
その者には出掛ける前にこれを教えてあったもので、9桁の他に別の6桁を新たに要求されているのかと、戸惑いが生じたそうです。
担当者の方に対する慣熟訓練に問題ありと、思わざるを得ません。

感想 その4
クロネコメンバーズのサービスに関連したことではありませんが、伝票の記載事項に不足があることに、運用上の問題はありませんか?
「多少のこと、未記入、空欄があったって、届けばいいじゃん、届けば・・・」
そう、ささやく声も聞こえてきそうですが(笑)

僕が几帳面な性格だから・・・といえばそれまでです。
しかし、様式の上から明らかに記入を要求されている部分に記入がないのは、その伝票を受け取った側として気持ちのいいものではありません。(少なくとも僕の場合は・・・)
今、手元にある伝票(控)の内には「発店コード」と「担当者名」の欄がブランクのままのものがあります。
複数枚ある他の伝票には記入がありますが、明らかに均等なサービスを旨とするこうした全国規模店においては教育の徹底を、と進言せざるを得ません。

この考えは、僕が個人のユーザーとして、その立場だけから申し上げているのではなく、おそらく企業の内側から業務監査的な視点に拠り、敢えて申し上げているものなのだと思います。

当該社のマニュアルには
「書いても書かなくてもいい」
とされているのかどうか、それともこの件について何らの記述も無いのか、実の所は定かではありません。しかし、もしそう書かれているのでしたら、あるいは、何らの記述も無いようでしたら
「必ず記入すること」
と明記するよう、マニュアルを改めるよう主張することになるでしょう。
(前後関係、背後関係を視ぬままの勝手な意見を容赦ください。)

ユニークな伝票番号1つで、一極に情報を高度に集中させリアルタイムで管理をされている実情を考えれば、「発店コード」など記入がなくとも、組織の内部においては問題ないかもしれません。
が、発店で荷受を担当した方の名前は、どのように管理されるのでしょう?
「担当者名」は、控の伝票を見る限りでは、システム上で管理されるべき項目には含まれていない模様なのですが、顧客とのインターフェースという場面では、担当者名の記入の有無は、顧客に安心感を与えるという意味で、とても重要な要素ではないかと考えます。
所定の欄に、ボールペンでたったの2、3文字、苗字を入れるだけのことで顧客に安心を与え、以って解決できる問題だとは思いませんか。

記入に漏れが有っても無くても、いずれの伝票に係る送付も、無事故で先方に届いていますから、その主たる目的としたサービスは、これまで無事に完遂しています。
したがって、ここで整理していることは、何か具体的な事故や問題があったからとしてのクレームなどでは一切ありません。

ただ、ここで一考を要するのは次のことです。
つまり、この事業においてユーザーが求めているサービスとは
「荷物を運ぶ、届ける」
だけでは無くなっていると考えます。
それであればこそ、「クロネコメンバーズ」のような折角の新機軸が付加する新たなサービスを、成功裏に見守っていたいと期待している・・・

まずは、クロネコメンバーズの発展をお祈りしています。

<完>


2008年7月18日金曜日

再びブログについて思うこと

朝日新聞が運営するサイトに「朝日新聞アスパラクラブ」があるが、ここに今日付けで「『ブログ』についてのアンケート」が掲載されていた。
好奇心も手伝って回答したのだが、やがてどのような形で集計されていずれかの記事に反映されるのやら興味がある。

つい最近のこと、ブログ仲間の記事を読んでいたら、総務省の統計として今年1月末時点、国内のブログの数が1690万件ある、との報道がされたそうだ。
単純に考えれば、このブログも1690万分の一ということで、国民7人に1人くらいがブログを開設している計算になるのだが、さて。

前後して、NHKのニュース番組では「迷惑ブログ」なる特集を報じていた。聞けば、一人で50も60もの「内容の無い」、迷惑ブログを運営しているケースがあるという。
内容そのものが何某かの法律に抵触するものや、モラルに反する誹謗中傷など内容そのものが迷惑あるいは違法なものはもちろんだが、番組内では「内容の無い、内容に乏しいブログ」の乱立を問題にしていたと思う。
いずれかの仕組みで報酬を得んがために、ブログの更新を自動化するソフトまであり、また、その記事の大半がいずれかの報道記事等の引用だったりするそうだ。
だから一見すると「しっかりした内容」が記されていそうなのだが、その内容はオリジナリティの無い、著作権に抵触するであろうものであり、実はそうすることの目的が別にある・・・ということらしい。

そうしてみると、先の「国民7人に1人」という計算の精度も怪しくなるというものだ。

話はアンケートに戻るが、「ブログはルールやマナーにしたがって常識的な対応していればよく、まずは始めることが肝心」という旨を回答した。コンピュータやインターネットの技術だのは、後から付いてくるものだし、要するに慣れの問題としておいた。
ただ、だからといって、手放しでブログを礼賛というわけではなく、好き不好きの問題だから最終的にはご自由にどうぞ・・・の構えだ。
一方で、無理解、不認識なるが故の
「ブログあるいはネット=悪いもの、諸悪の源」
といった短絡的な発想で片付けられる風潮があるようであれば、それに対しては一言といわず、二言でも三言でも申し上げなければなるまい。

中には、先のNHKの報道にあるとおり「迷惑ブログ」もあるだろうが、大多数のブログは「迷惑ではない」と信じたい。私の場合、ブログ仲間の数としては少ないかもしれないが、周辺は皆さん「迷惑ではない」ブログを運営されている。

ただ、少々気になるのが、ブログのユーザーグループのことだ。
SNSの場合は登録したASPの中、つまりクローズドな環境下で情報の公開や閲覧が行われるものと思うが、ユーザーグループの場合は別々のブログASPを横断的に取りまとめてオープンなスタイルで運営されている。
「ブログを閲覧しました」、「訪問しました」という証拠を何らかの形で残して、その証拠をたどって、今度は閲覧や訪問を促す、高じて「ブログ仲間になろう」という仕組みだと思う。
そのことに何等の問題があるわけでもないのだが、「閲覧しました」、「訪問しました」の証拠が即ち、「ブログを読みました」にはなっていないことに気付いたら、そうしたグループや機能の意味がよく分からなくなった。
群れる必要はないでしょう・・・って。

一部のフリーブログASPの中には、ブログの機能として「訪問の証拠」を残す機能が装備されているものもあるが、それとて「読みました」の証拠にはなり得ない。
だからどうだ、と言っているわけではないが、そもそも私自身がこうした機能の意味や利用の意図が分からなくなったまでのことだ。

そういえば、ブログを始めた当初に、初めてその「証拠の機能」で印を付けたら、その相手先のブログオーナーからこう趣旨の返事が帰って来た。
「本当に読んでくれていますか? でなければ、無用な印を付けてくださる必要はありません」と。
「読まないのなら印を付けてくれるな、読んくれたとしても付ける必要はない」
と宣言されたことに、初めての経験だった私は面食らった記憶だが、今になってみるとその意味が少し理解できたような気がする。
私は、この方のように我が立場を毅然と表明するほどの問題意識も、確たる信念も無いし、付いていても付いていなくてもどうってことはないのだが。

アクセス数に一喜一憂し、ランキングを競って遊ぶ楽しみ方も、それはそれでアリと思えば、「印を付ける」ことの動機がその辺りにあっても仕方ないかなと思う。
せいぜい他人様にご迷惑を掛けない範囲でね。

まぁ、あれこれ考えてみたけれど、自らが手軽にコンテンツを発信できるツールを使って楽しんだり、啓発したり、されたりすることに、何らの問題もないと思うよ、ホント。

<完>


2008年7月7日月曜日

すももジャム

まず、出来上がりの写真からご披露します。

容器は不揃い、多少の大小の差はありますが、瓶詰めで15本です。
熱湯消毒し
た容器とは言っても、ジャムそのものは、もちろん防腐や酸化防止の処理など、一切してありません。どの程度、保つものやら不明です。
冷蔵庫に容れて保存しますが、
いずれにせよ急いで食べなくては・・・

値段の高騰のため、ここのところ遠ざかりがちだったパン食の頻度が増すかもしれません。



既にご紹介した、火にかける直前の様子です。
複数のレシピによれば、ひたひたに水を足すとするものもありましたが、わが家の場合は少し置いておいただけで果汁が上がってくる様子が分かりました。
というわけで、水は一切加えません。



果肉と種とを外すような感覚で、ヘラで軽く突きながら、かき回せながら弱火に掛けていると、次第に皮が外れ、種が外れ、鍋肌から細かな泡が立ってきました。
煮詰めるにあたり、特に注意したことは、
「焦がさないこと」
これだけです。



鍋の中で煮詰まってきた果汁の色が、だんだん濃くなってきました。
種が外れたと思われることを見計らってグラニュー糖を入れます。
よく解けるように、ゆっくり掻き回せながら、様子を観ながら結局3回に分けて入れました。



煮詰まるにしたがって、果汁の色がますます濃くなってきました。
ブルーベリーのような色合いです。
この頃になると、果肉から外れた種が表面に浮いてきます。次第にジャム化して、比重が大きくなってきている証拠でしょうか。
指先に採って舐めてみると、まず酸っぱさが勝って、後から甘味がやってくる、という感じです。



レシピに拠れば煮詰める時間は1時間程度とありましたが、なんだかんだで今回は弱火でほぼ2時間。
まだ、鍋の中はまだショロショロの水っぽい感じが残っていますが、おそらく冷えることで、私たちが承知している、あのジャムの質感に変化することになるのでしょう。
鍋の中でジャムの質感が得られるかと思っていましたが、それは無理なようです。
家人によれば、
「イチゴやマーマレードの時と、少し様子が違う」
とのこと。
レシピに記されている「火から降ろす頃合」とは、異なりますが火を止めました。

火を止める直前に、種だけ取り出してておきます。
(この種を水に浸けておくと「すもも水」ができるそうです。早速、やってみます)

これで完成です。



出来た、出来た・・・と喜んでおりましたら、鍋の中に完成した写真を撮影するのを忘れてしまい、いきなり冒頭の瓶詰めの写真までジャンプすることになってしまいました。

一晩置いて、朝食は当然のこと、すももジャムのトースト、すももジャム
を加えたヨーグルト、食後のデザートにすももの実・・・すもも・すもも・・・尽くしです。

これまでに口にしたことが無い酸味が立った、しかし、程よい甘さとバランスした、上品な味と香りのジャムです。
心配していたトロ味の質感ですが、一晩冷ましたことで予想通りの立派な「ジャムの質感」に仕上がっています。
むしろ、添加物などでジャム感を調整しているとされる市販のものより軟らか目なことから、パンの上では滑るように気持ちよくのびてくれます。

というわけで、「すもも」の収穫に始まり、「すももジャム」に終わった週末でした。

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2008年7月6日日曜日

続 わが家の「すもも」

一昨日に続いて今日は朝から「すもも」の収穫です。

前回は夕方も随分遅くのことで、高い所などの作業は危険と思い、とりあえず手の届く範囲のことにしました。
あれから丸1日半。
そのときには部分的に緑がかっていたわが家の「すもも」でしたが、昨日1日、梅雨は明けないものの気温30℃超という真夏を思わせる陽の光を浴びて、しっかり完熟。収穫時期を迎えた様子です。


少ない経験から申し上げることですが、本当に完熟していると、意識して実を「捥ぐ(もぐ)」というよりも、ほんの軽く触れただけで柄から実が零れ落ちてくる、そのこ とがよく分かります。ですから、少々熟し方が足りないと、捥ぐ際に少し力を入れて捻ったりする必要があります。それも、だんだん慣れてくると力の入れ具合によっ て、その実を収穫するか、しないを見極められるようになります。
(ただし、農家が市場に流通させる場合には、消費者の手元まで届くであろう日数など勘案して、相応の期間分だけ早めに収穫するのでしょう。仮に、いまここに記したような、わが家の物差しで計って出荷することにな ると、おそらく1~3日後には、実が熟れ過ぎて表面の皮が破れてしまうでしょう。たしかに、一昨日に収穫したもののうちに、いくつも"腹切り"した実がありま した。)

あれから、たったの2日間だけのことですが、わが家はにわかに「すもも」の自家栽培"家"になってしまったような雰囲気です。

成果は、竹の笊に3杯。1杯が1.5Kg見当でしたので、今日だけで5KG近くの収穫があったことになります。前回のものを含めると、ここまで7Kg超に及びます。
さて、未収穫のものを含めると…、本年の結果はどれほどになりますでしょうか、楽しみです。


この思いがけない収穫の使い途ですが、あれこれ検討の結果、2~3日分の生食・お裾分け用を残して、他は「すももジャム」とすることに決定。その結果、グラニュー糖2Kgに対応する量の「すもも」をジャム用に選別しました。

WEBサイトには、「すももジャム」の作り方として数多くアップされていて、かえって驚きました。
まったく現金なもので、見向きもしなかった折には知りもしなかった「すももジャム」が、1日2日のことで急に現実味を帯びてくる、妙な縁です。


生食用にキズのないもの、色艶のいいものを選び出し、残りをジャム用として分別するために、ひとつ一つを丁寧に手にとっては調べ、ジャム用のものは包丁でキズ付いた部分を外すなどして、十文字に切れ目を入れました。
レシピを見ると、その多くは「手で潰す」、「器具で潰す」などして、火を通す時間を短くするように、と書いてありますが、わが家の「すもも」では、十文字に包丁を入れる作業のうちに、手の中で形が崩れたり、タネが外れたりするほどに熟していました。


グラニュー糖の量ですが、レシピにより「すもも」と同量とするケースから、同じく8割~6割の量とするケースまで、かなりの幅があることが分かりました。
わが家では、素材が完熟していることから、市販の「すもも」より糖度が高いであろうことを勘考し、また、糖分控え目を考慮に入れて、「すもも」の量の6割相当のグラニュー糖で作ることに決しました。
「すもも」の量にして3.3kg。(大きく深い、わが家の鍋のほぼ半分程度にまで達しています)

ご覧のとおり、わが家の「すもも」は大きな鍋の中で、煮詰められ、砂糖が加えられるのを待っています。

というわけで、出来上がりについては、当ミッションが成功裡に完了することを期して、後日レポートすることにします。

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2008年7月5日土曜日

初収穫 わが家の「すもも」

以前から気づいていたのですが、ずっと前に植えた「すもも」の樹に実がついています。
この樹に実がつくことは、初めてのこと。
1ヶ月ほど前は、まだ青々としていて、時期もちょうど同じ梅の頃で、まるで大梅の実が生っているようでした。しかし、まさかここまで色づいて、食べられるようにまで成長するとは思いもよらないことでした。

そもそも収穫することなど予定の中に無いもので、植えてからというもの、ずっと放ったらかし。
自慢ではありませんが、何の世話も焼いたことが無かったので、本当に望外の収穫です。
とはいえ、昨年の秋のこと、あまりに枝が伸び放題に伸び過ぎたのもですから、樹形のことを気にして枝を掃ったくらいで、それとて収穫を期待した「剪定」などという気の利いたことをしたつもりは、一切ありません。とりたてて肥料も施していないし、わが家の他の樹木や草花と同じく、完全無農薬です。


そんな具合なものですから、今週始めになって一気に色付きがよくなってきても、まさか食べられるにまでなるとは、考えもしませんでした。

ところが、しっかり色付いて完熟したと思われる1個を獲り、半信半疑で口にしたところ、
「甘~い!」
驚きの美味です。
半分だけかじった、その1個を持って思わず家の中に駆け込んで、
「これ食べてみな」
と家人に差し出す。
上気した私に様子に少し戸惑いながら、促されて口にした家人からも
「なんて美味しいの!」
と、瞬間、驚きと喜びの声が上がりました。

これまでも、八百屋の店先で売られている「すもも」だの「プラム」だのを、甘い、美味いと思って食べた記憶など無いに等しく、好きか嫌いかを問われれば、嫌いと答える果物の部類でした。ですから、「すもも」は酸っぱいというトラウマ状態だった。
そもそも「すもも」というネーミングのことも、「酸っぱいモモ」を称してのことと真剣に信じていました。

ところが、生まれて初めて口にした、樹上で完熟の「すもも」の味は総体甘い果汁の塊で、ほのかに生のアーモンドの実のような甘ったるい香りがします。
姿形といえば、先日のことスーパーの店頭で見かけた「概ね黄味がかった、しかし、どこかで紅い色」をした旅の「すもも」とはワケが違い、全体が赤紫色に近い深い紅色をしています。
若干ですが、タネの周りと皮のすぐ内側あたりに酸味を感じるものの、それとても甘さのバランスで考えれば、とても好意的な酸味に感じられます。

というわけで、タップリとわが家の正真正銘、「完熟獲りたてすもも」を腹いっぱい堪能し、今日は昼食抜きです。

さて、まだまだ獲りつくせない熟した実と、ここ一両日が獲り頃と思われる本日以上の収穫予備の大軍を眺めながらて、さて、無駄のない活かし方は・・・と考えているところです。

今週末には、再び収穫することにしようと思います。

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2008年7月1日火曜日

ティザーサイト

「ティザーサイト」という言葉に出合った。
ただ、こうしたビズログの場面でとは思いもよらなかった。
そもそも「ティザー(または、ティーザー)」と「WEBサイト」を組み合わせた言葉だが、これもインターネットの普及以降の新語だ。
「ティザー」の意味するところだが、これは広告手法の一つであって、別名を「覆面広告」などとも言う。
(用語によって一気に怪しげな雰囲気が漂うのは面白い)

よくよく考えれば、セールスプロモーションの一手法なのだから、ティザー広告をブログで告知することは、今日なら当然のことだ。

企画会議などで、
「今度のSPは、ティザーで行こうか」
「いただきッ、それでキマリ! 早速コンテ画いて」
なんていう使い方をされるわけで、伝えるべき要素を意図的に明らかにしないで、そのことによって消費者の注目を集めようとするわけだ。

例えば、新車の正式発表を前に、車体全面を黒い布か何かで覆った映像をバックに、
「○月○日 その真実が明かされる…」
などとナレーションを入れたり、あるいはコピーやキャプションを配せば、正真正銘のティザーとなる。

さて、最近のリリースの中でのこと。
セキュリティソフト、ノートンでお馴染みのシマンテックでは、ノートンファイター を広告するにあたり、ティザーサイトを設けたとのことだった。
早速、そのサイトを訪問してみた。

ここでは、2008年7月8日 正式オープン予定のN.O.C.対決ゲーム告知の中で、
「じらされるのも、悪くないでしょ…」
という小悪魔風の明示的なコピーよろしく、これこそ「ティザー」を地で行っている。
ちなみに英語の "tease" は、「じらす」の意味なわけだから、先の台詞は包み隠すことなく「ティザー」であることを表明しているわけだ。

そこまで誘導しておいて、付帯するさまざまな商品情報をサイト上に展開し、意図して一緒に閲覧してもらおうという目論見なわけだ。

しかし、ここではたと考える。
ノートンの基調色であるイエローを主たるイメージとしたアニメあり、戦隊モノを彷彿とさせるド派手なサウンドあり、となれば、果たしてノートンが狙うマーケットとは?
私が知る限り、競合他社の広告宣伝の有り様とは、明らかに異なる。

その意味では、極力、教条的な表現を避けて直感的にコンピュータを取り巻く脅威を説明し、それに対策するノートンの優位性を解く企画の新規性に注目したい。
なんてたって、ティザーの対象がゲームなんですから。

だから、
「ビジネスの現場における情報セキュリティーのマネージメントに関しては…」
などと説教じみて始めると、甚だ小難しくなってしまうところを、戦隊モノ風アニメやゲーム・サイトのティザーに見られる具体的な表現を提供して、コンピュータ関連のセキュリティー問題をより身近に感じさせ、それら関心を一定のターゲット商品に引き寄せようとしている点において、広告効果を期待しているに違いない。

ところで、自宅の自前のPCならいざ知らず、オフィスのデスクトップでPCのスピーカーをオンにして、しかも音量を目一杯上げて、このサイトを観ることができるのかな…と考えてしまった。
その光景を想像するととても興味深いが、そうとでもして社員にセキュリティの必要性を説くような「懐の深~い」企業が必ずあると信じたいし、そうした企業こそ、活躍・発展してもらいたいものだと心から応援したくなる…、ホント。

PCのセキュリティーを担保するハードやソフトと並んで、それらとのヒューマンインターフェースが重視されている。対策するハード、ソフトの導入を必要最低限の条件として、私たち自身の意識に訴えかけることが必要だ。

ならば、そうした啓蒙のために、ゲーム・サイトの公開でもって
「じらされることくらい、決して悪いことではないよ」
って返事をしたくなる、例の小悪魔ちゃん!

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2008年6月27日金曜日

「食べ残し」と食料自給率

「39%」
この数字だが、新聞やTV報道などで盛んに伝えられるので、すっかり定着した感がある。
話題となっているわが国の「食料自給率」を示す数字だ。
最近のTVでも、誰かが
「40%程度の自給率で…」
と言ったら
「正確には、カロリーベースで39%です」
と言いなおされていて、思わず笑ってしまった。
そこまで言うのも、どうかと思うけれど。

さて、ここでカロリーベースで云々と、受け売りの講説をするのは止める。
ただ、気になったのが、関連する報道の中で「食べ残し」の問題が取り上げられていたときのことだ。

つまり、自給率を高める方法として、「食べ残し」の再利用が考えられるとのこと。
「食べ残し」を家畜のエサにすると飼料作物の輸入が抑えられることになり、自給率が向上するというのだ。
外食産業や食品メーカー、コンビニなどの小売から出される食料関係のゴミは、その量にして1千万トン超。聞いただけではピンと来ないが、そのうちで再利用されているのは半分程度という話だ。
その、残りの半分をさらに有効に利用する、というわけだ。

しかし、ここ問題になるのはコスト。
これまでどおり、埋め立てたり、焼却処分する方が処理コストを低く抑えられるので、「有効利用」のためには相応のコストを負担しなければならない。
もちろん、この場合のコストを抑制する技術や仕組みなど研究されていると思うが、ただ現時点で
単にコスト比較すると、従来方式が優るわけだ。

店の食品棚から期限切れを理由に、撤去される「元食料品」をみていると、もったいないと思うことがある。
法的な、あるいは自主的な基準に基づいて、それを処分することはコンプライアンスという観点からして異論はないが、その先の処理方法には知恵の出し処があるのでは。

(別の議論だが、基準を定めるのも私たちなわけで、その基準が適切か否かの見直しも必要であろう。ただ基準が厳しければいい、というものでもあるまいに。そうした基準の厳しさを前面に、一義的に顧客満足度向上に資するためを企図する過剰サービスと、その
サービスにおける企業間競争にも目に余るものがある、そう感じることがあるが、さて。)

ずっと昔のことになるが、私の実家の近所には豚を飼っている農家があった。
そこのご主人が定期的(ほぼ毎朝)にわが家から出された残飯を回収に来ていたことを思い出した。飼育の頭数など不詳だが、わが家だけではなくご近所一帯を一巡して、一輪車に乗せられた何本かの一斗缶が一杯になるほどだったと思う。

この記憶にある残飯回収のことは、随分と昔のことだから、この飽食の時代を背景とする「食べ残し」の問題とは性格が異なるかもしれない。そもそも、当時の一般家庭から出される生ゴミは食物屑などが多くを占め、食べられるのに捨てるという意味での「食べ残し」はほとんど無かったのでは、という印象だから。

そうした食物屑でさえ、家畜のエサに回れば自給率の向上に寄与する構図なのであるならば、今日の「食べ残し」の問題に対する寄与は殊更であろう。

別の記事では大手スーパーのイオンが千葉県下で開始した取り組みのことも読んだ。
県下25店舗から出る弁当や野菜屑を飼料にして育てた豚を関東地方で売り出すという取り組みだ。
そういえば、私の家の近くにあるイオングループの店舗では、かつて同じ材料からだと思うが「堆肥」を作って、無料で配布していたことを思い出した。カレーの臭いのする肥料を貰ってきたことがある。
そのときは、生ゴミの減量への取り組みという企画だったと思うが、こうした食料品の加工や流通に関係している企業の取り組みが与える影響は大きいであろう。

まずは、食べ残しを少なくする、究極は「出さない」という取り組みが必要なのだろうが、それとともに不可避な「食べ残し」を前提とした、その有効な利用が求められる。

<終>


肉の味は飼料の良し悪しに負うところが多いという話を聞いたことがあるが、さて、食べ残しを「主食」とする豚肉の味は如何に? ぜひ、試してみたい。


2008年6月24日火曜日

You-Tubeと着うたDLサイトにブログを組み合わせたSP展開の定着について

CMソングと、そもそものCMの目的たる商品、製品、サービス等々とのコラボレーションが定着して久しい。

一石二鳥、一挙両得、相乗効果…という、うつくしくも効果的なSPの一形態なのであるが。

成功すれば、特定の楽曲やアーティストのイメージと商品イメージとが一帯不可分、くっついて離れなくなる。

ラクティス CMはそうしたCMの一つに数えられることになるであろう。

「高い♪高い♪」する父親とその当事者たる赤ちゃんの表情や印象からは、何等のマイナスイメージは産まれてこないし、むしろ、ラクティスが想定するマーケット層のイメージが全面に打ち出されて、共感さえ覚える。
ゆずのファン層とは、そうした年齢層であり時代を背景にした人たちなんだ、と。

そういえば、私もゆずのファン。ラクティスに代えなくちゃ…と、トントン拍子に事が運ぶかは別問題として、ぜひそうありたいと企画マンは願っているに違いない。

さらに、それらの楽曲がDLできるというSPの形態にブログを使った告知も、なんとも当代を色濃く反映しているではないか。
念には念の入れように感服!

Yesterday and Tomorrow特設サイト 着うたダウンロードはこちら

というわけで、You-TubeによりPVの配信をブログを介して行う…という、これまた今を映したSPで本稿を締めようと思う。




今後に、さまざまなSPや告知形態の基本として押さえておくといいと思うよ。

ここんところ、次の試験に出しますから、ホント。

<おしまい>


コンプライアンスとモラル

コンプライアンスということが言われる。
いまさら、そのことの重要性に異論を唱えるつもりはない。

ただし、法に照らして形式的にただ遵守していれば、それでいいのか?
私の答えは「No」である。

法令そのものが、大概の場合に一般的なモラルの上に成り立っている、つまりモラルに反するような法令は無いと信じている(信じたい…)のだが、法令違反とはならない法令の穴を突くような行為があった場合に、それが果たしてモラルに反していないと断言できるのか?
こちらも、答えは「No」である。

社会の習慣などの中から生まれて、一般に通用するようになった道徳や倫理あるいは規範といった、ある意味で文章にした場合に必ずといって良いほどに、解釈の違い等によって例外を許してしまう「不明確なもの」、こうした性格のモラルというものを「文章」にして表して、これを遵守すべき基準としようとしているわけだから、そもそもコンプライアンスとモラルとは完全一致のものではないし、遵守すべきとされる幅に解釈の「あそび」があるものなのだと思う。

だから、概して
「まずコンプライアンスを満たしてさえいれば…」
の議論が分かり易くいこともあってか、コンプライアンスへの取り組みが注目されるが、本質的にはモラルの問題なのだと思う。

余談になるが、性悪説はモラルというフワフワしたものを認めないと思うのだが、その性悪説に立つと言われるゲルマン、アングロサクソンの伝統的な文化がコンプライアンスの考え方を体系付け、これを伸ばしてきたという背景を理解できる気がする。10年以上前のこと、ISOの取得に関わった際の感想にも共通しており、根底でコンプライアンスに通じていると思う。

余談はさておき、コンプライアンスが満たされていれば企業の社会的な責任を果たしことになるのか。
冒頭の疑問に戻ってしまうが、まさに社会から企業に求められる期待などに応えることとは、コンプライアンスとは別にあるモラルの領域をも含めた適応の問題なのではないか。

海外の事情には不案内だが、少なくともわが国では、コンプライアンスに違反していなくとも、モラルに反した行為があった場合に、これが問題となり、社会の信用失墜を招き、結果的に自滅していった企業の例を数多く見ている。
(※最近では、船場吉兆における「使い回し」の一件を発端とする同社の末路がその例。「使い回し」は法令違反の問題ではないとされるのが一般的な見解だ。今日のテーマに照らせば、コンプライアンスはOK、でもモラルがNGという好例)

身近にも具体的な例がある。
法律の規程に基づいて、社内規程を適法に作成し、所定の手続きを経て、これを役所に届け出て職印(お墨付き)を貰う。(注:仮に法律に基づく規程ではなくとも、例えば上場審査時に求められる規程整備なども、規程の存在を必要とされるコンプライアンスの一部に含まれものと思われる)
外形的には、社内とはいえ規程は成立し、周知され、役所もこれを認識したわけだから、ある意味で「規程の存在」と「役所への届出」という点におけるコンプライアンスは満たされている。
しかし、法律を根拠とする社内規程が適法に運用されてこそのコンプライアンスであると考えたとき、もし仮に、その運用の実態にまで立ち入って遵守の状況を監視すべき法令を欠いているようであれば、その運用を担保するのはモラルしかない。

この例の場合に、例えば公益通報者保護法もあるのだが、通報者における「通報後」の不利益に対して措置するもので、コンプライアンス違反を防止するに対しては直接的ではない。
さらに、先の例では公益通報者保護法の施行に伴い、社内に「公益通報に関する規程」なるものを整備するための素案作りに携わったことがある。求められて「骨のある実効性を期待する案」と「形式を満たすことを優先する案」と、その意図は不明だが両案を提出したことがある。
結果的に機関決定されたのは後者だった。
実に皮肉な話だ。
コンプライアンスに対する姿勢を形式的に示した例とも解釈することができ、モラルとの関係においては、規程成立の経緯に立ち会った者として考えさせられる。

コンプライアンスとモラルを同じと考える向きは少ないと信じるが、もし万が一、コンプライアンスに違反しないことがモラルに反しないことの証明だなんていう考えがあるならば、それは大間違いだと思う。

企業の社会的責任という観点において、コンプライアンスの域外にある、つまり、モラルに拠るべき領域の方が比較にならないほど大きいと思うよ、ホント。

2008年6月16日月曜日

Softbankケータイの新CMとApple社のネコ科へのコダワリとの関係とは?

ちょっと気になるCMがある。

それは、Softbankが提供する「ホワイト家族24」の中で、最近になってOAされている「ホワイトコール24」のCMだ。
参考までに以下にリンクを記すので、ご関心とあらばご覧頂きたい。
 ⇒ 「私の予感」篇
 ⇒ 「時間切れ」篇

では、いったい何が気になるか?

登場するキャラクターだが、イヌに加えてネコが…、確かにその変化はある。
が、なぜ今、この時期にネコなのか…

下衆の勘ぐりによると…こうだ。

つまり、Apple社に媚びている?
「媚びる」が不適切なら、「敬意を表して…」でもいいが、要するにApple社との関係がちらついて見える。
私だけかも知れないが。

以下に深読みの根拠。
MacのOS Xの最新バージョンはLeopard(ヒョウ)という命名されている。
このように、OS Xはこれまでに全てネコ科にちなんだ命名がされているのだ。
最初はCheetah(チーター)。
次にはPuma(ピューマ)。
体型もだんだんに大型化しているようにも思える。
そうなれば、最後は百獣の王たるライオンをおいて他はないはずだが…果たしてこれに落ち着くのやら、それは謎だ。
ちなみに、OS Xのβ版にはSiam(シャム)…、妙な符合だがネコの名前がつけられていた。

折りしも、ソフトバンクモバイル(Softbank)が「日本国内でiPhoneを発売することについてアップル社と契約した」との発表されたことでもあり、まさかそんな理由でネコの登場とあいなった? とは思いたくない。
が、でも、関連付けて考えると面白い。
単なる偶然とも思えないのはApple党?

<おしまい>


2008年6月15日日曜日

今週は梅味噌と梅サワー

季節柄、先週に引き続いて梅の漬物シリーズです。
先週は阿南町の小梅を、そして、今週は下條村の中梅と大梅を頂きました。
2週連続で、皆様方には感謝です。

それで、今週は中梅を「梅味噌」に、大梅を「梅サワー」に仕込むことにしました。

梅サワーは以前に試したことがあって、雰囲気は分かっていました。
初めてだったのは「梅味噌」
初めて…と書きましたが、実のところは先週のこと小梅を甘酢に仕込んだ際に、残った500g程度をものは試しと仕込んでありました。

それで、本当は
「1ヶ月ほど漬け込んで…」
と書いてあるのにも関わらず、かなりのフライングを承知で一昨晩のこと、味見をしてみたのです。
これが、実に美味い!
味のレポートや使い道は後ほど書きますが、見た目のイメージ(笑)に反して予想外の味だったのです。

というわけで、それに味をしめて、今度は試しにではなく正式に仕込むことにしました。
レシピは次の通りです。

■ 梅味噌 ■

【材料】
中梅    1Kg
信州味噌 1Kg
三温糖   1Kg

漬け込んだ直後はこんな状態です。

【作り方】
① 梅は一晩アク抜きをし、ヘタを外します。終わったら、サッともう一洗い。
② 広口の瓶に材料を、と言っても3点を合わせて入れます。
③ 食べごろは1ヵ月後と聞きましたが、梅を食べるわけではないので(?)、少々早めでも目的に応じて使えると思います。最終的には、「梅を全て取り出す」ことになるそうです。


3~4日で梅酢が味噌と砂糖をまろやかにします。

【使い方】
驚いたことに、まだ1週間程度しか経っていない先発の小梅が、実に甘酸っぱい梅の香りを放っています。
レシピには
「ドレッシングにいい」
とだけ書いてありました。が、用途は広そうです。
この甘酸っぱい味噌をからめて、「ネギヌタ」やボイルした温野菜の和え物などに、ナカナカいい味を出してくれるのでは、と思います。
その他に、
冷奴
こんにゃくの田楽味噌
ショウガ焼き風に焼いた豚肉のつけダレ
など、いろいろ使えると思います。

ちなみに、金曜日の夜に「恐る恐る」試したのは、次の「思いつき梅味噌丼」。実にカンタンなレシピです。
① まず、豚ロースの薄切肉を多目の梅味噌と少々の醤油とからめたタレに、30分程度漬け込んでおきます。(後で思いましたが、醤油は無くても梅味噌だけも十分いけると思います。この辺りはお好みで。)
② これをしょうが焼きの要領で焼き上げます。(多少、厚めの肉でもいけます)
③ 丼ご飯の上に千切りキャベツ適量を敷いて、その上に②を載せ、フライパンに残った梅味噌のタレを掛けます。

思いつきだったわりに、意外と秀逸な味に出来上がり驚きました。
この梅味噌がもう数週間先に、どのような味になっているのか楽しみです。

ちなみに、梅は頂き物ですが、味噌と砂糖は特別なものである必要はなく、物価上昇の折とはいえ、大した金額にななりません。
たまたま棚にあった三温糖を使いましたが、ザラメや白糖でも構いません。


■ 梅サワー ■

さて、梅サワーは結構、一般的なようで、レシピも数々あるようです。そこで、わが家の備忘として記しておくことにします。
ただし、備忘と言ったって、たったこれだけです。

【材料】
大梅   1Kg
米酢   1升(1.8リットル)
氷砂糖  1Kg

材料を全部混ぜて、3ヶ月程度寝かせておくと出来上がりです。
こちらも酢と氷砂糖の金額は500円ちょっとですから、大した額にはなりません。
これで、安心・安全な自家製の飲み物が出来上がるのですから、本当に大助かり。


梅を提供して下さった皆様方、ありがとうございました。


というわけで、お陰様なことに今年は大中小の各種の梅を取り混ぜて、しかも、3種類の変化に富んだ味が楽しめそうです。

くれぐれも季節の恵みに感謝です。

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2008年6月11日水曜日

AEDについて思うこと

災害ボランティアコーディネーターである友人のバーニー君のブログによれば、

※ AED講習に行ってきました! 

 ← 「バーニーの災害ボランティアコーディネーター日記」にリンクします。

とのことです。

拙所でも、以前に
「ぜひAEDに関して詳しいことを知りたい」
という旨をバーニー君に伝えていたところ、折りよく講習会があるとので、熱心な彼のことですから同講習会に出席する予定のことを聞いていました。
そんなわけで、私も遠巻きながら、結果を楽しみにしていたところです。

皆さんも、ぜひご参考になさってください。


さて、こうしてバーニー君のようなボランティア諸氏がAEDの取り扱いを理解し、実践できる態勢が整ったとして、果たしてAEDがどこに配備されているのか…について、情報が一元的に管理されていないと、折角の知識も100%活かされない可能性が生じてしまうのでは…、と考えてしまいました。

すでに設置場所を含む情報資源の活用に向けて、有効な管理が為されていれば杞憂なのですが。
しかし、設置の主体とて公共もあれば私企業もあるでしょうし、まず、その情報の一元的な収集から、最新情報のメンテナンス、そして適切な方法で情報が開示されるための仕組みまで、一貫した態勢が存在するのか、というそもそもの疑問に行き当たります。

バーニー君が今回、参加した
飯田広域消防本部あたりでは、おそらく情報を集約されていると思います。しかし、多少でも関心を持っているつもりで設置場所に関する情報など検索してみましたが、ヒットしませんでした。
そんな中のこと、飯田信用金庫の特定の店舗にAEDが設置がされていること、そして、その情報がHPに表記がされていることも知っていました。が、それは同信用金庫に勤める知人を通じて個別に知り得た情報であって、一貫した体系の下ではありません。
当然に設置の主体においては、組織的にAEDの取り扱いに関する講習を催されて、積極的な取り組みをされているとも聞いておりますことから、そうした個別の取り組みが例えば設置場所情報として一元的に表示されるだけでも、一般の関心を一層のこと喚起できるのでは?・・・と。

もし仮に情報の一元管理について未着手のことがあるようでしたら、例えばグーグル・マップをベースに設置主体の別を問わずに横断的に、設置場所をポイントするなどしてみては如何でしょうか?

バーニー君には、その辺りの情報がありましたら、また、レポートしてみてください。

微力ながら、私にもお手伝いできることがあるかもしれません。


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2008年6月8日日曜日

青梅の甘酢漬

親しくお付き合いさせて頂いている方から、思いがけずに獲れ立ての青梅を5Kgも頂きました。
昨日の土曜日は朝から、阿南町のご親戚の梅畑で梅獲りをされたそうで、ご苦労様でした。
わが家はその成果の部分だけ頂いてしまって、誠に恐縮です。

そんなわけで、感謝の気持ちを込めて、昨晩からアク抜きのために水にさらしたものを、「甘酢漬け」にすることにしました。
減塩が言われている折でもあり、また、梅と酢の組み合わせなら、まさに健康的でしょう!
以前につけた梅酒が、まだ5リットル近くあって、これがなかなか進まない。
嗜好の変化でしょうか、それとも、買い置きで開かずの穀物酢1.8瓶あったことが押してでしょうか、いずれにしても家人との相談事も何ら紛糾することなく、甘酢漬に決まりました。


① よく水洗いをしたら、丁寧にヘタを外します。
② タオルで水気をふき取って、日陰干しにします。


③ 甘酢
  青梅………1.5Kg(②のもの)に対する割合です。
  穀物酢……4カップ
  みりん…… 1カップ
  砂糖………150グラム
  昆布………20グラム (細かく刻みます)
  唐辛子……2~3本 (タネを外します)


④ 容器の容量に合わせて、②と③を合わせます。

ここまでで、今日のところは完了です。

ボチボチやっていたら、なにやかやで昼食を抜きで4時間くらい掛かりました。
わが家では、1.1Kg入る容器に3本出来上がりました。
2ヶ月ほどしたら食べられるそうで、今から楽しみです。

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2008年6月6日金曜日

「人気、爆発中」って何?

TV番組など観ていて、画像はともかく、ナレーションが気になることがある。

Liveで読み間違えなどの場合は、さて置き、映像にナレーションを付ける場合に・・・、つまり、原稿があるであろう場合、アフレコであるにもかかわらず、おかしな表現がある。

「原稿なんて無いんで、ナレーターのマンマでOKしました」
とか言う、余ほどのことナレーターに番組の命運を預けた、そんな特殊なケースなら、許したくは無いが許さざるを得ず・・・意図して多少の長き物に巻かれてみてもと思うところだが。

収録を止めて、リテイクが十分に可能な状況で、今日の
「人気、爆発中」
は、許せない。
大きな声では言えないが、あの・・・CXでのこと。

そこで言いたいこと、伝えたい気持ちは90%くらいまでなら汲むことはできるが、でも、「公式なナレーション原稿に基づいた、プロのナレーション」で、1%も誤ってならないと思うのだが、さて。

この例なら、
「人気、沸騰中」
が正しかろう。

「爆発」という「急速な膨張を言い、一般的には気体の急速な熱膨張を指す」・・・つまり、その瞬間的な「熱膨張」が「中」という言葉で、連続的に継続している状態のことを、僕は想像することができない。

Liveでない限り、ナレ録の際に原稿にNGあるいは?を出して、リテイクまたは確認して先に進める限り、この可笑しな表現はなかったはずだ。

そもそも、こうした「可笑しな表現」からもたらされる、意外な効果を狙った上でのことならまだしも、この例に見えるとおり、大概は「誤用」や「乱用」による場合が多い。

「言葉は生きている」
とか、もっともらしく言われることが多いが、しかし、その時点での確かな「正」と「誤」、「生死」を指摘できる、中心線のようなものが必要と思う。

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孫 & ジョブズ

(私にとって)久々にスティーブ・ジョブズの名前を見た、と思ったら、それはソフトバンクとアップルとが携帯で提携する・・・という話題でだった。
ただ、別に驚くことではない。
これまでにも、 iPod が何処とくっ付くかでザワザワしていたわけだし、たしか丁度2年前には、ひと騒ぎあったことでもある。

騒ぎとは、ソフトバンクとアップルコンピュータがiPod内蔵型携帯電話を日本市場で発売するという一部報道に対し、一方のソフトバンクが
「報道機関の憶測記事であって、その内容はソフトバンクが機関決定し発表したものではない」
との見解を出した経緯のことを指す。

ここで「機関決定」とは、何か?
要するに経営の最高意思決定機関たる取締役会のこと。
ここで決まった事柄を指すわけだから、
「そんな大事なこと(かどうかは、各社の判断だが・・・)が取締役会で決められたわけではないのに、それって報道機関の勇み足でしょ!」
と言いたげ。

そんなこんなで、出ては消え、消えては出ての話題が故に、
「やっと話がまとまったの?」
あるいは
「今度も大丈夫?」
というのが正直な感想だ。

しかし、それにしても孫とジョブズの組み合わせは魅力的だ。
どんなiPod内蔵携帯が発売されるか・・・などと、その製品に注目する以前の話題としてのこと。

ジョブズといえば思い出される。
あのMacの供給に際して、いわゆるMac-OSのみとするのか、それともハード、つまりOS込みのPC本体と合わせてとするかの選択があったと聞く。
ジョブズはPC供給の途を選択し、その当時にはMacユーザーをして「似て非なる粗悪な模倣品」とまで揶揄せしめた、あの「窓」が後々に市場を席捲するを許してしまった、とされている。

ただ、その当時から一貫してPC本体をも含めたAppleのデザインは、工業デザインとして極めて優れていたし、PCとは外形をも含めた機能美・様式美の総合的な作品と言わんばかりのこだわりに惚れた・・・そんな"ジョブズ教の信者"が大勢いたことも確かだ。
その延長線上にあるiPodが、「携帯」できるという唯一の接点を頼りにソフトバンクを相手先に選んだのは、さて、如何なる理由からか?

私なりに両経営者の「意気投合」といった、結構、浪花節的な部分ではなかったかと思ってしまう。
ジョブズが浪花節を知っているかどうかは知らないが。
両氏とも、月並みな言い方をすれば「時代の寵児」として注目を集め、多少の分野の違いこそあれ、少なからず共通点がある中で、「先見性」という点において天才的であることに異論を挟む者はいない。

きっと、将来を見渡す両氏の視野の中に、「同じ何か」が見えたのではないか?

コーポレート・ガバナンスだとか、企業経営における小難しい仕組みを説く者が多い中、その必要性を認めながらも、
「発想や先見性までも統治することはできないのだ」
ということを痛感した。

果たして、両者とも今回の提携に関する機関決定に際しては、
「息が合うから」
などという、非論理的な、理屈じゃない理由が、その説明に持ち出されたのではないかな?

ソフトバンクもアップルも、そんな会社の雰囲気を、まだ保っていると思うよ、ホント。

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2008年6月3日火曜日

開幕間近! EURO2008

EURO2008とは、4年に一度、ワールドカップの中間年にUEFAが主催して行なわれる、ヨーロッパのナショナルチームNo.1を決める大会・・・その2008年版ということ。
言わずもがな、サッカーの世界での話だ。

わが日本チームに置き換えるとすれば、全日本というか(古い…笑)、オールジャパン(これも、古い…笑)というか、要するに日本代表チームが出場するわけだから、ヨーロッパでは国を挙げてそれは多いに盛り上がることになる。

ところで、僕の旧来の友人のことで恐縮だが、あのEURO1984…、プラティニが活躍したフランス大会のときに、「6月の花嫁」とか何とか甘いことを言って、「わざわざ」6月に結婚式を挙げておいて、そうとは知らない(?)新妻を連れ立って、新婚旅行を「わざわざ」フランスに決め込んだ。
ちゃっかり、決勝戦(フランス2-0スペイン)まで観戦してご帰還。
そんな輩がいるものだから、この時期になると、いつもそのことを思い出してしまう。

さて、余談はおいておき、今回のEURO2008についてだが、先週の日曜日(6/1)にWOWOWで無料放送をやっていた。
思わず、その番組の大半に付き合うことになった。
僕は大好きだから苦にならないけれど、女房殿もご丁寧にも付き合ってくれて、最後の映画まで見終わって一言。
「おもしろいね」
だって。

長年、夫婦やってて、今頃気がついたのかい?
そう思いながら、今年も先の友人の話をしてあげた。
そしたら…
「もう、何度も聞き飽きた…」

さて、EURO2008の告知はもちろんだけれど、WOWOWがその人気にあやかって、契約の促進を図るべくプロモーションを行っていた。
Web限定動画のURLへのリンクを貼っておくから、ここからどうぞ。

 ⇒ http://www.wowow.co.jp/guide/euro/index.html

国名を漢字で表記して、それをクイズにしてしまったり…、この辺りは知的好奇心という意味で、おそらくサッカーファンならずとも興味がありそう。

しかし、いかにも狂信的なサッカーファンなんぞは相手にしてなさそうな(笑)、とてもダル~いタイトルのPVが並んでいて…。
まぁ、サッカーの底辺拡大という意味では、まっ、これもヨシ!。

というわけで、企画のコンセプトを尊重して、どんどんやっていただくことにしよう!
ひとりでもサッカーファンが増えてくれたら、そりゃそれで結構なことだから。

これを機会に、サッカーもワールドカップだけじゃないことを、よくよく知らしめたいものだ。

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2008年5月31日土曜日

らっきょう漬で[実践China Free]

特に食料品について敏感になっているChina Freeの傾向だが、わが家では「らっきょう漬」でこれを果たすことになった。

これまでも、食品売り場ではカゴに入れる前に商品を手にとって、裏返して表示を確かめることが習慣になっていたが、さらに念には念を入れて確かめるようになっている。
賞味期限とか消費期限のほかにだ。
その結果、例えば「丹波産の黒豆」と思い込んでいた商品が、実は「丹波産の"種"」を使って、中国で生育・収穫した商品だということが分ったこともあった。
よくよく表の商品名を確かめると「種」が丹波産と読み取れる表示があるのだが。
これはもはや東スポの一面を飾る芸能スクープ(?)みたいなもので、
「△△、ついに結婚……か?」

「……か?」
に相当する。東スポについては、怒るというより、笑うしかないが、こと食品の表示に関する限り、この手の手法は断じて許してはならない!

だから、購入する・しないを判断することとは別の意味で「楽しみ」が増えたと思っている。
この例のほかにも、小さな発見があって、食品売り場を流して歩くのは暇つぶしにはもってこいかもしれない(笑)

本論に戻って…


地元のJAで、地元産と表示された土付きの「らっきょう」を手に入れた。
(土付きのPh.素材を撮り忘れ。ザンネン)

まずは試しにと、600グラム。
NHKの「今日の
料理」のレシピを頼りに、酢の調合から段取りが終わり、漬け込んだ。
なお、作業の主体は女房殿で、私はレシピの講釈と分量の換算及び記録係に徹する。

既に調合された酢も売られていたが、分量と価格の関係から計算して倍と半分。
だから、ふつうの酢を買い求めて、手間をかけた。
手間と言ったって、レシピにある配合により指定された調味料を混ぜるだけなんだから。
同じ量目で2倍の価格は高いとしかいいようがない。
庶民はこうして、外部用益を頼まずに、時間と労力を費やしてコツコツと節約に努めるしかない。



さて、ひとつ摘まんで生味噌をつけて、作業中の麦酒のアテにと口にしたら、ピリッとした刺激が味噌の味に溶けて実にアルコールに合う。
エシャロット…だなどといわずとも、らっきょうに生味噌…のネーミングが性に合う。

漬物として口に入るのは早くて2・3週間後になるというが、待ち遠しい。

ちなみに、昨日の食品売り場(3店舗)で、国産のらっきょうを使って、国内で生産したとの表示がされているらっきょう漬けは店頭に無かった。商品として存在しない、という意味ではないが、当地の大規模店舗の食品棚には無い。

ネットで検索したところ、メーカー直送などで、そうと謳った商品が存在することは確認できた。ただ、金額は500グラムで3千円、特価で2千円前後と外国産とは10倍見当の価格差だ。

昨日の原材料費だが、家人の労務費を除く直接材料費は概算、以下の通りだ。

土付きらっきょう:400円(600g) / 酢:80円(2カップ) / 砂糖:15円(100g) ほか昆布や唐辛子など:大雑把に100円 / ⇒ 合計595円

というところであろう。
労務費は先のとおり庶民の節約感覚で算入しないとして、内容量500g見当の自家製安全らっきょう漬けが600円で食べられることになる。


ついでに、庭に生えている茗荷を摘んできて、白いところを例の酢で付けてみることにした。
季節になれば茗荷の酢漬けは毎年のことだが、はじかみ(芽生姜の酢漬け)のように使えないかと、試してみることにした。こちらは後日のレポートにしよう。

※困ったことに、人から頂戴した中国産のらっきょう漬け(1kg入り)が2・3度手を付けただけで、大半が冷蔵庫に眠っている。あの中国餃子事件発覚以来、手付かずのままなのだが、さてどう処理しようか。

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