2008年5月3日土曜日

さらに悪しき後期高齢者医療制度のこと

私にとって、実質的な連休初日のこと。
土曜の朝のTV番組中で、なんとも気色の悪いものを見てしまった。
日本テレビ系「ウェークアップ!ぷらす」の中で辛坊治郎氏が紹介した1枚のフリップだ。

悪評判ばかりの目立つ後期高齢者医療制度だが、更なるイメージダウンを増進させるに十分な、印象的なワンショットだ。

画面に映し出されたフリップの内容とはこうだ。

千葉県下の某市でのこと。
後期高齢者医療制度の開始により、切り替えられるべき新たな保険証が郵送される際に使われた、いわゆる「窓付き封筒」の、その窓が「黒枠」で囲まれていた。

私が画面を通じて見た物は、たったそれだけだ。
辛坊氏は多くを語らなかったが、そのスリップを介して伝えたいことは、痛いほどよく分かった。

見た直後に「黒枠」をイメージして悪寒がした。
「黒枠=弔い、死」という連想から、それ以上に、そうした企画をし具体化した、まさかの人間がいるという事実に対する悪寒、この2つだ。


ここで、まず結論から。

このカラーリングを選んで、決定して、具体化した張本人に言いたい。
選んだ人も、チェックした人も、ゴーの決裁をした人も、みんな同罪。
まさか、作為的にそういたわけではないでしょうね。

悪戯どころではなく、悪意さえ感じてしまうのは、私だけかな。

あなた方は、こうした仕事しちゃいけません。
サービスのセンス、人間的な感性を持ち合わせない「公僕」は、公僕として不適性なんだと思いますよ。
「公僕」として、まっとうな判断力があれば、即刻職を辞すべきだと思いますよ。
だって、公僕として不適性なんですから。

ただ、まっとうな判断力がないから、こうした事態を招くわけで、まっとうな判断力を持ち得ない者に、自ら職を辞すなどという判断ができようはずもないか。


仮に、後期高齢者医療制度に関する用向きの封筒でなくても、どんな用向きであろうともだ。
それが、最も使われるべきでない用に、そして対象に向けられた。

「たかが封筒のこと」、「だから、目くじら立てるな」、「もっと重要なことがある」という意見があるかもしれない。
が、「黒枠」は単なる象徴であって、そうした所業を平然と具体化する者がいるということが問題なのだ。

悩んだ末の結果とも思えない。
なぜなら、本当に悩んだら選び得ない結論を出したわけだから。
ありえない仮説だが、黒枠の他を使ってはならない、黒枠しか使えないという制限がある中で、悩み抜いた末に「黒枠」を選ばざるを得なかった、とでも言うのだろうか。まるで「踏み絵」のようで、担当者としてさぞかしお苦しかったことでしょう。

「何色を使おうと」…それは個人の表現の問題ではなく、したがって表現の自由だなんて、ちゃんちゃら可笑しな議論だし。

そう考えると、
うっかり…とか、あまり考えずに…、なんていう理由ではなく、「意図して黒枠とした説」もあながち否定できない。

まぁ、そんなセンスの持ち主の、そのセンスの理屈をいくら考えてみたって、「残念なことに」その域に届きそうにない。

封筒をお蔵に入れて使いません…そんな、小手先の対策ではなく、そうしたセンスの持ち主には謹んでお蔵に入って頂くなど、抜本的な対策が必要だと思うよ。


というわけで、後期高齢者医療制度とは、それに携わる公僕の意識にも象徴されるような、お年寄りを馬鹿にした制度なんだと思うよ。

つい最近も、前にも書いたお年寄りに会った時に
「馬鹿にしやがっって…」
を繰り返し口にしていた。


<おしまい>